天の華・地の風 を読む(3)
少しブログを書くことにも慣れてきたのでお堅い「である」調から「ですます」調に自然に移行できそうです。
◆愛は口づけで伝える
今回は私の妄想がかなり入った自説です。天の華地の風では口づけこそ愛情表現だと思っています。もちろん愛情の無い相手に口づけすることは無いのですが、特にこの作品では重要視されていると思います。1巻の周瑜と孔明はもちろん、魏延と孔明も、孔明の劉備への思いもそうです。まあ周瑜や魏延の場合は身体の関係から始まっているので、孔明にとって性行為は愛情表現ではありません。愛は口づけで表すのです。
孔明が入水自殺を装って長江へ飛び込んだ後、初めて孔明から求めていますが、周瑜は躊躇して未遂に終わっています。
その後、朝もやの中での後朝の別れ。お互いに求め合い気持ちは最高潮に達しています。
この場面以降、身体の関係は深くなるのに孔明から口づけを求めるシーンは無し。それと同時に周瑜への気持ちも醒めていきます。周瑜の気持ちはますます盛り上がっているのに、それに反して孔明はどんどん冷めていくんですよ。周瑜どのお気の毒です。
魏延の場合は、相手に執着心を知られたら負け!というような非常に緊張感のある関係です。愛しているなんて言葉は決して言ってはいけないのです。でも口づけから痛いほど魏延の思いが伝わってくるのです。
3巻以降頻繁に口づけのシーンはありますが、そのたびに孔明への愛情が深まっていきます。どのシーンも意味合いは少しずつ異なり、ひとつとして同じものは無いのが凄いところです。
物語の終盤で、毒を飲まされ意識の戻らない孔明にそっと寄り添い、目や耳や髪に何度も口づけする魏延の献身的な愛情は涙を誘います。
孔明から劉備への最初で最後の口づけ。これは凄い。なんと遺体への口づけ。とても真似できません(>_<) 1巻から続く孔明の劉備への思いの総決算です。
求め続けてついに得られなかった愛情。劉備は軍師として人間としての孔明は認めていたのですが、もちろん恋愛感情はひとかけらもありません。永遠に交わることのない二人の思い。劉備が崩御して、孔明は初めて息がかかるほど間近で劉備の顔を見て、その唇をむさぼるように吸うのです。
劉備への執着の強さを遺体への口づけという方法で表現したのです。よく孔明にここまでさせたな。江森備って本当に凄いと思います。
孔明から魏延への口づけも何度もありますが、一番思いのこもった口づけは9巻・叛旗翩翻で魏延の愛情の大きさに気づいた以下の場面だと思います。
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「それから、魏延にはー」
孔明は、梨郎をそばちかく呼び寄せ、かれの頰を両手ですくいあげた。梨郎は、目をとじた。孔明は、そのくちびるを、そっと吸った。
瞬間、梨郎は身体をふるわせ、孔明にすがりついた。うわごとのようにつぶやいた。
「ああ、かならず、かならずー」
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魏延に直接ではなく、梨郎に伝言として託す口づけです。最初にこの場面を読んだとき、なんのこっちゃ??と思いました。しかしこの場面こそ口づけで愛を伝えていることが一番ハッキリとわかる場面です。梨郎はそっくりそのまま魏延に伝えられたのか、伝えるシーンも見てみたかったですね。狼狽える魏延が目に浮かびます。
最後に、この作品の中で唯一「ふたりはくちづけをかわした」という双方向の愛情表現が描かれている場面を紹介します。他は全て口づけた、口づけをしたという一方向です。そして「ふたりはくちづけをかわした」と漢字を全て開いてひらがなで書かれています。江森備がこの一文に込めた思いが伝わってくる非常に美しい場面です。8巻・日蝕のラストシーンです。
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日輪が、よみがえりはじめた。かくれる時とは逆に、上辺からだった。
おそろしい、かがやく翼は、瞬時に消え去った。空は青さを取り戻しはじめた。孔明はようやく、ひとつためいきをつくと、魏延をふりかえった。目に、安堵のいろがあった。
魏延は、その目をみつめ、その身体をひきよせた。黒く欠けた、太陽の下で、ふたりはくちづけをかわした。
【画像引用元:天の華地の風 外伝/死者たちの昏き迷宮/妖花/小林智美】